2023.04.10 UPDATE
TALK SPOT 102
CATEGORY JOURNAL

フクモリ シン

2023年標語「報恩謝徳」

~創立50周年に想う~

太陽会は、2023年4月1日をもって創設50周年を迎えた。先代から半世紀に亘り、菖蒲谷のこの地で障がいを持つ人たちと暮らしを共にしてきた。利用者と職員の目に見えない、形に表せない感情表現やコミュニケーションを通して共に生きてきた“喜怒哀楽”がしょうぶ学園を形作ってきたと思う。現在、学園開設時から生え抜きの職員は、理事長のほか1名で合わせて2名だけ。10名ほどの利用者は、50年間ここでずっと暮らしている。創設以来、働いてきた職員数はなんと、延べ375人。改めて振り返ってみますと、まさに利用者の欲のない純粋な人間性とこれまで心血を注いでくれた多くの職員の支えの積み重ねがあってこそ、ここまで来られたのだと思う。その歴史の上に立って今、私たちがいるのだとつくづく思う。

50周年を迎えた今年度の標語は「報恩謝徳」。「報恩謝徳」とは、仏教が由来の言葉で、“恩に報い徳に謝す”と読み下すことができ、「報恩」で恩に報いること、「謝徳」が受けた徳に感謝することを表している。受けた恩や徳に報いて感謝の気持ちをもつこととある。素直にシンプルな意味だからこそ、今の時代に薄れつつあるコミュニケーションや人間関係において、とても大事な意味がある。基本的には損得勘定で行うことではなく、純粋に相手などに報いたり感謝したりすること。障害のあるなしに関わらず、何かの縁あって出会った者同士、他者をひとつの人格として尊重するという、言い換えれば、“無条件に人を尊重する”ということは相当の修行が必要で、私たちの手の届くことではないが、“180度まで両手を広げてみる”ことは大事なことではないかと思うようになった。何が正しいか正しくないかとか、自己主張や利得、合理化、効率化よりも、大事な福祉観があるということ。それは、自分とは違う、あるいは社会性や能力の違いがあったとしても、もうひとつの考え方を持つ他者を受け入れることによって、自分自身の人間観が広がるということだ。
とは言えども、なかなか視野が狭くゆとりがないと言うか、“こうでなければならない”と独断的になりがちで、両手を大きく広げて迎え入れられないというのが正直なところだ。

“180度まで両手を広げてみる“ということは、皆が共感的な落とし所に表面的に納得して同じ方向を向くというようないわゆる”同調的多様性“とは意味が違って、ノーマル(普通)、あるいは基準がない関係性とでも言い換えられるだろうか。自分とは思想的にも意見や考え方が違う人同士を、あるいは趣味嗜好、感覚の違いや自分にとって嫌なことも、そのままにしておきながら共生するという、障害とは無関係に、上手下手も関係なく、いろんな人が集うという場所に居られるという存在価値に感謝したい。

おかげさまで、学園には地域住民を始め、全国から多くの人々が訪れるようになった。ジャンルを超えていろんな人と交流することで、思いがけない発想が生まれ、福祉施設は閉ざされたところではなく、訪れる人々によって社会に必要な面白い場所として存在する意味が少しずつ創られてきた。

創設者である初代理事長 福森操の口癖がある。
「何事も50点あれば満点、背番号はなし」

ノーマルがわからない時代。一般社会にはない、障がい者も健常者も気持ちがいい“新しいノーマル”を広げたいと模索しながら、いろんな人が混じり合えば、不完全ながらも人間らしい面白いコミュニティーが生まれるのではないかと思案している。

私たちは今、様々な環境問題、デジタル社会、コロナ禍社会、そして戦争、かつてない変動の中で過ごしているが、一説ではモノ・カネの権力や財力といった目に見える豊かさを求める“土の時代”が終わり、心の豊かさに価値が置かれる“風の時代”に突入したと言われている。競い争うという“競争”から、共に創るという“共創”の時代へ向かう機運が生まれ、小さくてもみんなで豊かさや幸せを分かち合おうとする時代へ変化していってほしいと願っている。ここ3年、コロナ感染に翻弄されながらも、今まで支えていただいた全ての方々に心から感謝するとともに、さらにこれから出会う新たな出会いを大切に繋いでいきたい。

季刊誌108号『TALK SPOT』ページより掲載(季刊誌購読方法はこちらへ

TALK SPOT 102
2023年標語「報恩謝徳」
フクモリシン