2026.04.07 UPDATE
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フクモリシン

2026年度太陽会標語

「共感共創」

今日、多様な領域において、共生社会やSDGS、ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(社会的包摂)という言葉が取り上げられ、差別のない社会づくりが謳われて久しいが、日々思うことがある。

多様性とは、異なる背景や特性を持つ人々が、互いを尊重し共存する状態を意味するが、形式化や同一化がその本質を歪める要因となっていないだろうか。社会の目指す多様性や包摂社会の傾向を偏見的に見れば、同じような趣味や服装をした人たちが集まり、同じような価値観を共有して仲良くなる。溢れる情報を見つけ合いながらある意味物知りは多いが、自己思考しない。趣味が合う、感覚が合うというような一般的でみんなに合わせているという安心感の中で情報を得て、条件が合えばグループを作り、共通の話題をベースに見た目には“気が合う仲間”として集い、経済的にも精神的にも居心地の良いコミュニティーづくりや町おこしに貢献しているのであるが、内面的洞察力や創造力があるとは言い難い。少し言い過ぎかもしれないが、ある意味“気が合う”ということを「共感」と混同して、つまり“自分と同じ” (決して同じではないが)という安心感や親近感が=気が合うと思い込んで、個人の思考の本質に近づかず同じベクトルであることを求めたがる。多様性という言葉の中で、やはり人は”自分とは違う”という価値観より同等の価値観に引き寄せられていくのだろうか。

2026年度の標語は「共感共創」とした。意思表現が難しい知的障害者と言われる人たちとの「共感」とは、自分の思考や価値観に沿った考え方を理解することに加えて、非言語的メッセージや行動の意味や感情を推察して、自分とは違う考え方や独自の知覚世界を理解しようと努め、その感情を感じ取ることから始まる。異なる文化や背景を持つ人々と関わることで、視野が広がり他者の立場に立って物事を考える力が養われていく。しかし、現場では特別な感覚を持つ人の考え方や行動の意味がどうしても理解できず、わからないことに遭遇する。そのわからないこと自体にこそ人間の可能性や創造力を掻き立てる意味や豊かさがあり、障害者支援における本当の「共感」の意味がある。相手のことは本当はわからないのだ、ということを解るということかもしれない。相手の心に寄り添う「共感」がなければ、信頼関係を基盤に新しい価値を共に創り出す「共創」は生まれない。しょうぶ学園における共創とは、支援者が一方的に提案する成果物だけではなく、わからないもの、不思議なもの、常識では考えられない発想を持つ障害者と支援者が協力し、互いの強みを活かしながら、新しい価値やアイデアを生み出すプロセスであるべきであると考えている。

しょうぶ学園の人たちの作り出すものには共通した美しさがある。障害を持つが故の「こだわり」と言ってしまえば、その美しさの意味にたどり着くことはできない。それにしても、彼らの生み出す文様の発想はどこから来るのか。自分たちの頭の中に日常的にある形であるにも関わらず、不意をつかれたようなユニークな表現が混在している。絵画やイラストとも言い難いが落書きでもない。そもそも人に見せようとしていない感覚での創作だから作品というより、出来上がった形が過去のものとして、純に存在しているようである。彼らは、美術教育はもちろん受けていないが、印象の掴み方が即興的で迷いがない。自分の流れに逆らわず、他人と比較したり、妬んだりしない。そして、アーティストを名乗らない。それは、現代の競争社会の中で我々が失いつつあるものかもしれない。だから違う次元での美しさが文様として描かれるような感じである。

工房しょうぶから生まれる創作物は特別な鑑賞物(アート)として保存するだけでなく、利用者の生み出す表現と支援する職員の手で仕上げられる。これらは「しょうぶの民藝」と称し、工芸の世界では邪道とされていることが一つの面白さや強みを持つ新しいクラフトとして世に出て行く。そして、福祉施設から生まれる力のある共同作業として認知され、人としての尊厳を示すことにつながるのである。

物には「障害」「健常」といった区分けはない。物が人をつなぎ、心をつなぐ。それぞれの人たちの立場で必要な役割を果たすことで「共創」という概念を自然と創っていくのではないだろうか。

工房しょうぶの活動に象徴されるそのような「共創」は、’わからないけどわかりあえる’共感関係によって、お互いがお互いの生き方や考え方に影響を受けながら、“一緒に活動すること”から始まる。言い換えると“参加”という技法である。参加は、心を和らげ接近するその協同作業過程によって自己存在の確認と情緒の安定をもたらす技法である。そして、信頼関係を作りながら変容していく過程をお互いが分かち合う絶好の機会となる。

「共感共創」の思想は障害者との関係だけでなく、むしろ働くもの同士において、自分の周りの人間関係においても意識すべきことだ。支援者の態度や人間関係は、必ず利用者への支援に影響を及ぼすものだ。職場内の雰囲気が受容的で明るい空気感であれば、情緒的にも環境的にもプラスに働くが、職員間で意見が合わずチームワークが乱れていると感受性の強い利用者の情緒はマイナスに働き、支援者の情緒も連鎖してしまう傾向がある。

多様な人材が集まって共に何かを成す職場では、永久の課題でもある。

天の邪鬼な私が障害者と付き合ってきて学んだ「共感共創」とは、皆仲良く、同じようにという意味では決してない。今までにない非常識的な思想を歓迎するということだ。相手の気持ちが理解できる共感とは対極に、相手の気持ちがわからない、自分とは違うということに「共感」すること。“一般的でない“というキーワードが「共創」という新たな価値を生み出すと信じて、もっと自分を見つめ直して彼らと付き合っていきたいと思っている。