2020.05.27 UP DATE
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タナカ ケン(オランダ リーフェグッド・クリニック精神科医)
福森伸(しょうぶ学園統括施設長)

2019年10月、しょうぶ学園の新しい施設「アムアホール」にて、「オランダの精神科医療におけるアントロポゾフィー医学※」と題した講演会が行われました。お話くださったのは精神科医・タナカケン氏。シュタイナーの考え方を取り入れたクリニックに勤務する氏のレクチャーには、しょうぶ学園の考え方との共通点も多々見つかりました。

左 タナカ ケン氏、右 福森伸

福森:今年の1月にオランダで開催されたMONO JAPANというイベントに僕がお招きいただいて、しょうぶ学園についてレクチャーをさせていただいたところにタナカさんが聞きに来て下さったんですよね。
タナカ:はい。
福森:そこで少しだけお話して、その後、タナカさんから学園で講演をしたいとご連絡をいただきました。今日、それが完成したばかりのアムアホールで実現して、本当にありがとうございました。タナカさんのプレゼンテーション資料に「枠組みに捕らわれずに、創意工夫を試みること」、「先陣を切って変わること、そして他のスタッフ、とりわけ患者を鼓舞していくこと」「埋もれているアイデア(特に患者からのアイデア)がたくさんある」「アイデアを実行に移すために独創的かつ安全な環境をつくること」とありましたね。学園が大切にしていることと共通点がたくさんありました。
タナカ:そうですか。
福森:計画的にそうしてきたわけじゃないけれど、結果的にそうなっているところが多いと思います。10年、15年かけて、集団生活の欠点というか、自由のある暮らしについて皆で考えながら、それまでの決まりや環境を工夫して、少しずつ変えてきました。
タナカ:環境は大きいですね。例えば統合失調症の方ばかりが集まったところにいると、はじめの一歩を踏み出しにくくて変化が起こりにくい。でもいろんな方がいる環境だと、影響を受け合って良い方に変わっていくんです。
福森:なるほど。
タナカ:精神病の治療においても、60%は環境で決まると思っています。治療法が合っているとか、どんなことを話しているとかももちろん大切ですが、その周辺こそ大事なんですよね。
福森:障がいがあると言っても当然いろんな人がいるのに、就労支援等で画一的なトレーニングをしたりすることに疑問があるんですが、そのあたりはどう思いますか?社会には障がいをリカバリーしていく役目があるわけだから、知的に障がいがあって、「働く」という社会的意味が理解できないなら、自分の好きなことだけして、例えば幸福に絵を描いてそれを喜びにしている、というだけの人生もいいと僕は思うんだけど。
タナカ:そうですね、しあわせっていろいろな形がありますからね。何が本当にしあわせなのかっていうのを考えることを支えるのが必要だと思う。
福森:そうですよね。

アムアホールでの講演会の様子

タナカ:例えば仕事でうつになって辞めることになったとする。でも、目的は必ずしもまた仕事をすることじゃないですよね。自分がやっていることはこれでいいのか、今なぜうつになったのか、この仕事をなぜやっているのか。うつになった原因は何だろうか、それが原因だったらどうやって人生を変えればいいのか。それを考えることが重要なのであって、うつが治って仕事に戻っても、またうつになるなら意味がないですからね。もちろん社会に戻ってもいいんですけど、本当にその人にとって社会、仕事に戻ることに意味があるかというと、必ずしもそうではないかもしれません。
福森:うんうん。
タナカ:一人一人自分の希望を作ること、自分の生き方を決めることですね。
福森:希望だね…希望を作れない状態にいるなら、見いだせるまで付き合う。付き合いって治療よりも大事かもしれませんね。
タナカ:そうですね。セラピストと患者の付き合い、コミュニケーションは、ダイナミックなダンスみたいです。今はどちらがリードしているだろう、とか、つまづかないようにしよう、とか。たまにダンスというより柔道みたいになりますけどね(笑)。二人で話し合いながら、バランスを取りながら、動くんです。
福森:タナカさんの講演の案内にも「患者は、医療スタッフが自分を何らかの形で助けてくれるだろうと期待して精神科病院の門をくぐります。私たちはそれを逆転させ、『あなたが私たちの治療活動グループの中で何かできることはありますか』という問いかけから始めます。治療活動グループ内で自分の居場所を見つけることにより、自信が芽生え、育っていくのです」とある。エンパワメントですね。
タナカ:はい、そうです。みんな元々パワーを持っているので、自分から治さないと治らないし、自分で治せるんですよね。その人が責任を持って自分から動き始めるのを、私たちは支える役割です。助けるのではなく、支える。そこには結構違いがあります。サポートですね。あなただけでなく、僕だけでもなく、みんなでサポートし合いましょうよ、というスタンスです。精神科医は何をするかと言ったら、魔法みたいに治せたらいいですけれど、そうではなくて相手の心の鏡になる。患者さんが考えていることを話してくれたら、僕はそれを反射する。そうすると患者さんは自分が考えていること、感じていることを少し別の角度から見ることができるようになる。不安にフォーカスしていたら、持っている力の方に目を向けてみましょう、とお話ししたり。うつだったらうつが強く感じられて、そこから目が離せなくなるので、持っている強みにフォーカスできるように、ただ見せてあげる。パワーを強くする。弱いところ、悪いところはそのままでOKなんです。
福森:しょうぶ学園でも、その人の弱みではなく強み、ストレングスのところに圧倒的に注目するようにしています。そうしたら、アートとか表現に凄まじい強みがある人が多かった、というのは実感としてありますね。
タナカ:今日工房を見せていただきましたが、素晴らしかったです。例えば僕は剣道やカンフーをやっていたんですが、技を何百個と知っていても意味はなくて、得意なところを見つけて、その技ひとつにずーっと力を入れ込んでいって、弱いところがいっぱいあってもそのままにしておいて、得意なひとつを強くしていったら、もっと前に進むんじゃないだろうかと思うんです。
福森:僕も一芸でいいんだと思います。ひとつの芸で、利用者のみんなは一生強くなりつづけていく。例えば刺繍をする人は、本当に亡くなる直前まで体が刺繍の動きをしていたりするんです。それぐらい刺繍に対して、身体まで含めて自己が同化している。粘土で団子を作っている人も、もう40年間くらい作っているんですよ。それで目が輝いている。
タナカ:素晴らしい。
福森:でもはじめは僕も、物を作る際に正しいやり方を教えようと思っていました。今は、教えない。それで生まれるものを待つ。そういう考え方でいると、彼らがすごく能動的でポジティブになるんです。僕らが教えようとすると逆にネガティブになる。学校の教育は教えることによって学生がポジティブになると思っているかもしれないけれども、それは実は逆で、とやかく言わないほうが人間は能動的だったりポジティブになるんだと思う。何も言われないからこそ、自分流にやるしかない。この10年、15年と利用者のみんなを見てきて、そのことがすごく顕著に分かってきました。みんながものづくりをしている工房の入口は、昼休みの間は鍵をかけていて、昼休みが終わると職員が開けるんですね。だけどみんな、職員より早く来て入口で待っているんですよ! それって僕はいちばんうれしいことですね。
タナカ:それはうれしいですね。
福森:みんなは早く工房に行きたい。職員は仕事だから遅く行きたい(笑)。
タナカ:あははは。人間は起こった気持ちに対して、そうなりたくないと抵抗する傾向がありますよね。不安とかうつとかを感じたら、抵抗して気持ちが暴れて、元の状態に戻ろうとする。でもそれは実は良くないんだと思います。うつになったときは、じっとするとき。何もしなくても自然に浮かんでいくって言われていますしね。
福森:日本語でも「病気と付き合う」と言いますね。がんになったら、友だちとは思えないけど、自分のものだから付き合っていくとか。そういうことなのかな。
タナカ:そうですね。僕もうつ状態になったときがあって、自分の世界が破壊された、それまで知っていた世界がなくなった、と感じましたし、これからどうしたらいいのか、ともちろん考えました。でもそのときに「時間が必要だ、できることなら今すぐ解決したいけれど、解決できる問題じゃない、これは人生だから」そう思ったんです。
福森:はー。すごい。
タナカ:なので患者さんにも「私もうつになったことがあるから分かりますよ」と言えるし、実は日本に講演に来るようになったのもうつになったことが関係していて、今となってはありがたい経験だったと思います。そうした経験を踏まえて、患者さんにも「今の自分をアクセプト(受け容れる)して、何かを取り戻すことより、新しく作っていきましょう」と伝えています。
福森:学園では、職員も含めたみんなにとって、ものづくりがいちばんの薬になっているかもしれません。
タナカ:そうだと思います。
福森:ありがとう、いい出会いでした。また、いつでも来てください。

季刊誌95号『人』ページより掲載(季刊誌購読方法はこちらへ

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タナカ ケン
1976年ドイツ生まれ。オランダで育ち、2005年アムステルダム自由大学医学部卒。その後、急性期の危機介入などの精神科医療、気分障害、老年期、パーソナリティ障害、リエゾン(身体医療と精神医療の連携)、妊産婦や子どもの精神科治療にあたる。オランダ司法精神医療施設で依存症の治療、FACTの活動にも携わっている。2013年よりリーフェグッド・クリニックに勤務。
※アントロポゾフィー=人智学。人間を身体、心、精神の統合されたホリスティックなもの(全体性)として捉え、各個人の生き生きとしたあり方を尊重する考え方。アントロポゾフィー医学は、自然治癒力を高めること、ライフスタイルを改善して患者自身が自らを癒す姿勢に向かうことをベースとしている。